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ゴルフ肘に悩むB2ゴルファーの試行錯誤 - 4スタンス理論とクラブ5本セッティングでスコアアップ -

ゴルフにパーなんていらないという話

パー4のミドルホールを、5打で回ったとき、スコアカードにどう書きますか?


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自分はホールアウトしてから、どこをどういうふうに打ってきて、何打でカップインしたかを思い出しながら、打数とパット数を書きこみます。同伴者への宣言も、「ボギー」ではなく「5点」と言うことのほうが多いです。

たまに上手い人のスコアカードを見ると「+1」「-1」などと書かれていたりします。自分が初心者の頃は、パーを基準にカウントしている上級者のそれがカッコよく感じられたものです。




そんな「パー基準」に関して、面白い記事があったので、引用します。ゴルフが飛ぶようになってつまらなくなった、せっかくの名コースを改造するなんて、そもそもパーなんてどうでもいい、という話です。




我々は1930年代から、ゴルフボールが飛び過ぎると議論してきた。最近、これは最高潮に達している。ゴルフ界のお歴々の半分は問題ないと感じ、半分は大惨事だと考えている。用具契約を結んでいる私の仲間のプロたちのほとんどは沈黙を貫くか、用具の機能引き下げの話題について慎重に振る舞っている。それは賢明だ。しかし、誰かが真実を話さなければならないと感じている。それを私がする。匿名なのは、ご容赦願いたい。メジャー王者である、ということだけは申し上げる。これから私が話すことに、多少の重みが出るかもしれないからね。

最初に、これまで読んだ平均飛距離についての数字は忘れてほしい。あれは全てナンセンスだからだ。PGAツアーは我々に、どのホールで計測するかを教えていない。「多くの選手がドライバーを使うホール」とだけ述べている。しかし、我々にはそれが打ち上げなのか、打ち下ろしなのか、あるいはほとんどの選手がシャフトを思い切り振ることのできない、フェアウェイの狭いホールなのか分からない。

確かに飛距離は伸びた。過去20年間ロープの内側にいた人間であれば、誰もがそれを知っている。昔は300ydを超えるドライブなど、全ての条件がそろわなければ実現しなかった。パワフルな男がタイミング良くスイートスポットに当て、ファーストバウンドでよく跳ねることが必要とされていた。それが今やネック寄りに当て、打った本人がそっぽを向いても、ボールは320yd飛ぶことすらある。だから何だと言うのだ?飛距離は全て相対的なものである。一緒にプレーしている相手より飛べば満足だし、飛ばなければ悲しい。その時の飛距離が200ydでも400ydでも、気持ちは同じだ。

飛距離アップは必然的なものだ。スポーツ科学は多くの種目で世界記録をもたらした。アスリートの身体は以前よりも大きく、力強く、速くなり、さらに進化をする可能性すらある。ツアーによく顔を出す靴メーカーの担当者によると、契約選手の足の平均サイズは、27.5センチから29.5センチになったそうだ。

では、100m走のオリンピック記録が更新されたら、陸上関係者はレースを105mに変更しただろうか?さらに記録更新されたら107mに?もちろんしていない。しかし、ゴルフではまさにそれが起きている。これは大きな間違いだと思う。

コースはゴルフにおける最も価値ある資産だ。テレビで中継されることもあり、我々がプレーするコースは他のコースに対して影響力を持っている。我々にもボビー・ジョーンズ、ベン・ホーガン、そしてジャック・ニクラスと同じスコアで回らせるという大義名分のもと、ティグラウンドが新設され、フェアウェイが切り詰められ、ボールが見つからないほどラフが深くされる。さらにはグリーンエッジから2歩の場所にピンが切られるごとに、ゴルフコースの本来の設計意図はゆがめられていく。この夏の「全米オープン」開催のために、シネコックヒルズにやっていることは馬鹿げている。最終的に我々は、まるで面白くないスポーツを見せ物にしているのである。

そもそもゴルフは、誰が最も遠くにボールを飛ばすのかを競うものではない。本当の楽しみは他にたくさんある。いつも通りにはるか先のフェアウェイまでボールを飛ばすことなど、リスキーなリカバリーショットを決めたり、いい転がりで寄せたり、相手が短いパットで震えるのを見る楽しさとは比べものにならない。

このゲームは常にプレーする場所に応じて進化する。仮にPGAツアーが毎週ハーバータウンのようなコースで開催されるのであれば、飛距離は出ないがスピンが効くボールの人気が高まるだろう。本来そういうボールの方がグリーン周りには適しているのだ。しかし実際は、距離が延びたコースでプレーする方が多いので、できる限り遠くへ飛ばす方法を見つけながら生計を立てなければならない。

議論をしやすくするため、用具の飛距離引き下げ議論により生じると思われる、経済的かつロジスティックな影響は全て無視しよう。仮にダスティン・ジョンソンの飛距離が265ydになったとしても、それまで通り視聴者はチャンネルを合わせるだろう。この場合、私は飛ばないボールに興味を持つか?もちろん持つだろう。もしかしたら私は、ゴルフというゲームと恋に落ちた10代のときに使っていた、今より小さくスチールシャフトの刺さったドライバーに戻すことを提言するかもしれない。

誰もが自分なりの、ゴルフが最高だったときという考え方を持っている。20年後には、今売られているクラブやボールを懐かしむことだろう。ゴルフはこれまでも、そしてこれからも、完璧な瞬間に達することはないのである。人々がこのゲームを愛する理由は、目で見えることよりも、断然深い場所にあるのだ。

私のキャリアにおいて、PGAツアーの雰囲気が今ほど良く感じられたことはなかった。若い人気選手はたくさんいるし、2カ月以内に世界ナンバーワンになれる選手が10人はいるだろう。

ボールやクラブについて、いたずらに時間を浪費するのをやめようではないか。我々がすべきは、ゴルフの最も貴重な資産であるコースを守ることである。それをすれば他の全ての物事はしかるべき場所に収まるのだ。では、どうすればいいのだろう?

私はパーを廃止すればいいと思う。思い出してほしいのだが、パーに関連したスコアは1960年の「マスターズ」で導入されたものなのだ。確かにゴルフコースのあちこちに散らばった選手たちの順位や状況は理解しやすくなり、テレビ中継にはもってこいだった。しかし、それにより何が作り出されただろうか?パーは、我々が良いゴルフコースだと感じることを歪める数字である。例えばオークモントのパーは常々76のように感じる訳だが、もし本当にそうなら優勝者は通算20アンダーとなるかもしれず、世界の人々は駄目なコースだと言うだろう。

PGAツアーで、ゴルフ全般でもそうだが、最も面白いとされるホールはパーの設定など無関係なのだ。リビエラの10番、トーレパインズ・サウスコースの18番、TPCリバーハイランズの15番など、例を挙げるときりがない。最もエキサイティングな試合形式であるマッチプレーにおいても、パーというコンセプトは排除されている。

もし我々が「マスターズ」でレギュラーティからプレーしたとしても、すこぶる盛り上がるだろう。なぜならオーガスタ・ナショナルはすばらしいコースだからだ。その試合ではウェッジを手にする機会がかなり増えるだろうが、それがどうしたと言うのだ?プロはうまいのだよ。むしろウェッジは他のどのクラブよりも、ニュアンスやショットの技を見せやすい。

実にシンプルだよ。最少スコアが勝ちなのだ。

聞き手:マックス・アドラー
(米国ゴルフダイジェスト誌 2018年5月号掲載)






タイガーウッズの功罪とでもいいますか、飛べば勝てる、との印象がありますが、ゴルフを観ていて楽しいのは、昨年の全英OPでスピースが放ったような、窮地からの脱出です。さすがプロ、と唸るのはそういったシーンであって、安全なゴルフではありません。たしかに飛ばしも興奮しますが、ただ飛ぶだけじゃ単調で飽きますしね。

なにより飛ばしに対応させて良いコースが消えていくのは、たしかに損失です。


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リンクスのようなイマジネーション勝負のコースで、ミドルワンオンな飛距離が出せては、すべて台無しです。糸巻きバラタボールで、パーシモンヘッドで、飛ばすに曲がるのが当たり前だからこそ、会心の一打に興奮できたはず。


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記事の通り、自分もパーなんて概念いらないと思いましたし、さらには飛ばずに曲がるクラブとボールでプレーするほうが楽しいです。かといって自分だけ難しいクラブで回るのは、勝ち負けがある以上悔しい。クラブ5本でラウンドすることには抵抗がないどころか、もしかしたらそのほうが良かったりして、、、との思いがあるのですが、パーシモンを手にする日は、ちょっとまだ来そうにないなぁ。でもパーシモンの打感は、強烈に柔らかいので肘にはとても良さそう・・・

もしかすると、もしかしそうです。いつか。

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